応力およびひずみはテンソルである.したがって,これらに関する演算や性質はテンソルのそれに従う.ここでは,テンソルの定義,演算則について簡単に示しておく.
○2つの座標系
{x
, y , z:ex , ey , ez
}(ex , ey , ez
は基底ベクトル)
{x'
, y' , z':e'x , e'y , e'z
}(e'x , e'y , e'z
は基底ベクトル)
の基底ベクトルの内積を
とする.なお,内積の定義より,
等が成立する.
○任意のベクトルVの座標系{x
, y , z }での成分をVi ,座標系{x' , y' , z'
}での成分をV'i すなわち
とすれば,Vi とV'i の関係は次式となる.
逆に,座標変換に関して式(4)を満たすものをベクトル(三次元空間におけるベクトル)と定義する.
●
なお,以下特に断らない限り,式は総和規約に従う.
○ベクトルaを別のベクトルbに変換する線形写像Tをテンソルと呼び,その演算を
と書く.
○任意のテンソルTの座標系{x,y,z }での成分をTij ,座標系{x',y',z' }での成分をT ' ij とすれば,テンソルTは
と表され,式(6)を成分で書き表せば,aの成分をai
,bの成分をbiとして
となる注1) .
○また,テンソルの成分の座標変換公式は次式となる注2) .
逆に,座標変換に関して式(8)を満たすものをテンソル(三次元空間における2階テンソル)と定義する.
●ここで,Ä はテンソル積と呼ばれ,任意のベクトルa,bについて次の関係を満たす演算を表す
もう一つのベクトルをcとして
すなわち,テンソル積aÄbとベクトルcとの演算により,ベクトルaをbとcの内積倍したベクトルが作られる.
なお,cはテンソル積の右側から作用させる事に注意しなければならずc(aÄb) と書いてはいけない.テンソル積は線形であり,a,b,c,dをベクトルスカラーをa,b等として,次の様な関係がある.注3)
すなわち,スカラー倍はいつの時点で行ってもよい
○なお,ベクトルの定義(4),テンソルの定義(8)を拡張すれば,N階テンソルが次のように定義できる.座標変換に関して次の関係を満たすものはN階のテンソルである.
m次元空間ではN階テンソルの成分の数はmN である.この定義に従えば,スカラーは0階のテンソル,ベクトルは1階のテンソルである.
注1)
マトリクス形で書けば(各成分は全て同じ座標系のものとして),
注2)テンソル T そのものは座標系によらないから
と置ける.ここで右辺は
したがって
なお,テンソルをマトリクスの形で表示し
と書いた場合は
は成立しないことに注意せよ.
注3) テンソル積とテンソル積の積
同式左辺と任意のベクトルvとの作用は
同じベクトルvを同式の右辺に作用させれば
となり両者は一致する.
○次式で定義できる,零テンソルO及び単位テンソルIが存在する.ただし,aは任意のベクトル,0は零ベクトルである.
○テンソルとテンソルの積
テンソルT = Ti j ai Ä ejとU = Ui
j ai Ä ejついて
任意のベクトルを先ずUに作用させ,その結果のベクトルをTに作用させる演算を
TとUの積と定義し,TU と書く.注4)
このときTUは次式となる.
○テンソル A , B
, C スカラ− a ,
b として
○転置テンソル,対称テンソル,反対称テンソル
任意のテンソルT= Ti j ei Ä ej に対し次式を満たすテンソル TT= T Ti j ei Ä ej を T の転置テンソルと定義する.
次式が成立する.注5)
次の性質を持つテンソルを対称テンソルと呼ぶ.
次の性質を持つテンソルを反対称テンソルと呼ぶ.
任意のテンソル A は対称部分と反対称部分の和に分解できる.注6)
注5)
ベクトルaとbのテンソル積にベクトルvを作用させたベクトルとベクトルuの内積は
一方ベクトルbとaのテンソル積にベクトルuを作用させたベクトルとベクトルvの内積は
となり両者は等しくなる.したがって,転置テンソルの定義より次式が成立する
任意のテンソルTの成分をTijその転置テンソルの成分をTTijとすれば
一方
任意のベクトルa,bについて両者は等しくなければならないから T Ti
j = Tj i .すなわち,転置テンソルの成分はもとのテンソルの添え字を入れ替えたもの(マトリクス形では行と列の入れ替え)となる.この関係は次のようにも求まる.
(最後の式は,i→j,j→iと指標の置き換え)一方転置テンソルの成分をTTijと置けば
両者は等しいからT Ti j =Tj iである.
また,
注6)
式のように分解すれば,明らかに A = T
+ W .また,
テンソルの個々の成分は座標系によって異なるが,それらを組み合わせて出来る量で,座標系によらないものは不変量と呼ばれる.応力状態やひずみの状態など物理的状態は座標系には無関係に決まるものである(座標系は人間が解析のために仮に決めたものであり自然の状態は座標系にはよらないはずである).したがって,テンソルの種々の性質も不変量を用いて表すべきであろう.
○不変量
テンソルTの成分Tijから計算される次の三つの量I ,II ,IIIは座標系によらない.
それぞれ第1,第2及び第3不変量と呼ぶ.
eijk は交代記号あるいはエディントンのイプシロンと呼ばれ,クロネッカーのデルタとの間には次の関係がある
なお,交代記号,クロネッカーのデルタの総和は次のようになる.
○主軸と主値
となる,ベクトルpをテンソルTの主軸,l を主値と呼ぶ.
l 及びpは次式から求まる.
したがって,l は次の3次式の根である.
そして,この3つの根l1 ,l2 ,l3 に対応して,主軸p1,p2,p3は次式から求まる
○対称テンソルの主値と主軸
Tが対称テンソルならば,式(12)は3実根(重根を含む)を持ち3つの主軸p1,p2,p3は互いに直交する.
この3つの主軸を座標系とすれば,テンソルTの対角成分は3つの主値に一致し,それ以外の成分は全て0になる.したがって,この座標系を新たに{x,y,z}とすれば
マトリクス形では
そして,3つの不変量は
と,簡単になる.
テンソルの角度(2つのテンソルが成す角度)
二つのテンソル
に関する次の量qを,テンソルAとBのなす角度と定義する.
先ず,AijBijは不変量であることを示す.{x',y',z'}座標系での成分をA'ijのように表せば
したがって,AijBijは座標系によらない不変量である.AijAij,BijBijも不変量であるから,
は不変量である.次にxが取りうる値について考える.
同様に
そして,Bij=Aijのときはx=1,Bij=-Aijのときはx= -1である.
すなわち,
である.したがって,xは二つの量A,Bに関する方向余弦としての性質を満たしているので,
となる qを,これらのなす角度と定義する.